東京高等裁判所 昭和33年(う)2314号 判決
被告人 松木正教
〔抄 録〕
控訴の趣意第一点について
原判決の認定した事実によれば、被告人が自己の住宅である木造瓦葺二階建建坪三十六坪の二階板の間へ藁束、竹籠、莚などを運び、これにマツチで点火して燃え上らせたので、火は右家屋の一部である屋根板に燃え移り、屋根板二ケ所即ち長さ約二十三糎、巾約五糎の部分と、長さ約八糎、巾約十糎の部分を焼燬したというのであるから、被告人の右所為により、火勢が導火材料である藁束等から離れ、右家屋が独立して燃焼を継続し得る状態に達したものというべく(最高裁判所昭和二十三年十一月二日判例参照)、而して家屋が独立して燃焼作用を継続し得る状態に至れば、これによつて公共の静謐に対する危険はすでに発生したのであるから(大審院昭和七年十二月二十日、昭和八年三月二日各判例参照)、被告人の右所為が刑法第百八条の放火既遂罪に該当することまことに明白といわなければならない。従つて原判決の法令の適用は正当であつて、論旨は理由がない。
控訴の趣意第二点及び第三点について
記録を精査するに、原審の鑑定人有泉信作成名義の鑑定書中には、本件犯行当時被告人の精神状態は飲酒酩酊のため自己の行為につき是非善悪を弁識する能力を完全に喪失していた旨の記載があるが、右鑑定書のその他の記載部分と、原審の鑑定人五十嵐新作成名義の鑑定書の記載及び原審において取り調べた他の各証拠の内容とを総合して考察すると、被告人は本件犯行当時、飲酒酩酊のため自己の行為について是非善悪を弁識する能力が著しく減弱した精神状態にあつたが、全くこれを喪失していたものではないことを認めることができる。それ故原判決が前記有泉信の鑑定書記載部分を採用せず右と同趣旨の認定をして、本件犯行は被告人が心神耗弱の状態のもとに行つたものと判断したのは、まことに相当であり、原判決の右認定、判断には何等所論のような事実誤認、理由くいちがい又は採証の法則違反等の瑕疵は存在しない。論旨は理由がない。
(滝沢 久永 荒川)